真空管アンプの基礎

<真空管パワーアンプのしくみ>
少々専門的になりますが真空管パワーアンプ回路のしくみについて少しふれてみましょう。
全体の回路構成は次のようになっています。

<電圧増幅回路>
CDプレーヤーなどから出た音声(音楽)信号の電圧は1V前後と小さいので、この電圧だけではスピーカーを鳴らすことができません。そこでCDから出た小さい音声信号電圧は、初段(1段目とも言う)の増幅回路で電圧を増幅させます[真空管の構造と増幅のしくみ、参照]。ここに電圧増幅用の真空管を用います。

例えば0.1Vの音声信号電圧は初段の球(タマ)で100倍ほどに増幅されます。結果10Vほどの音声信号電圧が得られます。これでもまだ電圧は不足していますので更に次段(2段目とも言う)の増幅回路で5〜7倍ほど増幅させます。もちろんこの増幅にも電圧増幅用真空管を用います。すると、増幅後の電圧は50〜70Vほどになりますが、まだスピーカーを鳴らすための電力には変換されていません。

<電力増幅回路>
この電力変換(電力増幅回路:終段ともいいます)の働きを受け持つのが、出力管と呼ばれている電力増幅管で、ここで電力増幅を行います。終段の出力管をドライブするための電圧は50〜70V必要ですが、先ほどの電圧増幅ですでにドライブする電圧になっているので大丈夫です。そこで、出力管からの出力をスピーカー(以下SPとします)に繋げば音が出る、と行きたいところですがそうはいきません。SPにはインピーダンス(内部抵抗)というのがあり、現在は4Ωや8Ω、昔のSPでは16Ωなどもありました。この低いインピーダンスにアンプの出力を繋げるには変成器が必要となります。

<出力トランス:OT>
この変成器はトランスと呼ばれ、正確には出力トランス(アウトプットトランス:OT)と言います。このトランスの入力側(一次側)に出力真空管からの出力を繋ぎ、トランスの出力側(二次側)にSPを繋ぐことになります。

この出力トランスの一次側に出力管の出力を繋ぐ場合、ちょっとした問題が有ります。出力管には色々な種類があり、それぞれに違った増幅率(μ:ミュー)を持っています。μ5となっていれば増幅率が5倍、ということです。このμ5の出力管を通すと先ほどの出力管へ入力される電圧50〜70Vは更に5倍に増幅され、250〜350Vと大きくなります。

こんなに大きな電圧はSPを鳴らすのに必要ありません。しかし、これは出力トランスを通すことで解決されます。出力管には負荷抵抗が必要で、トランスの一次側には3Kや5K、8Kなどのインピーダンス端子があります。これを出力真空管の特性(規格)に応じて使い分けます。例えば負荷抵抗3kとなっている出力管の出力(正確には出力真空管のプレート端子)をトランスの3k端子に繋ぐと、トランスの2次側は、前述のように4Ω、8Ω、16Ωと低い値のためステップダウンと言って、一次側は大きな電圧でも電力変換が生じます。

例えば2次側を8Ωとすると、3000Ω対8Ωと成りますから0・027損失してしまいます。従って、実際に出力トランス2次側の8Ωには6.75V〜9.45VとなりSPを鳴らすのに何の問題も無くなります。ちなみに、この場合の出力(W)は、二次側の電圧を8Ω負荷とすると、6.75×6.75÷8Ω=5.7Wとなります。

出力管には、それぞれ適正な負荷抵抗(先ほどの3Kや5K、8Kなど)の範囲を持っていて一般に、適正範囲内であれば負荷抵抗を上げると歪率が減少すると言われていますが、出力も減少します。また、SP側のインピーダンスによって負荷抵抗は変化します。 SPが8Ωで負荷抵抗=5kΩならば、4ΩのSPに繋ぎ替えたときは、2.5kオームになってしまいます。これでは負荷不足で音は歪んで聞こえるはずです。

一般にSPのインピーダンスは8Ωとして設計されていますから、自宅のSPが4Ωの場合は、トランスの二次側4Ωの端子に繋ぐか、端子が無ければ負荷抵抗を倍にするとかの変更が必要になります。
出力トランスのもう一つの役目ですが、出力管には数百Vの(直流)電圧が掛かっています。この電圧には増幅された音声信号(交流)電圧も重畳されています。直流に交流?と判りにくいですが直流電圧に交流電圧が乗っているので結果、直流電圧です。

このSPを駆動するために必要な音声信号(交流)電圧を、出力管に流れる音声信号電流から取り出す役目もトランスは担っています。出力管からの出力は直流なのでこれをそのままSPに流しても音は出ません。場合によってはSPが壊れてしまいます。SPには直流は流せないのです。交流(音声信号)のみ流す必要があるのです。

出力トランスを用いない真空管アンプもあります。これを、出力トランスを使わないことから「アウトプットトランスレス(OTL:Output Trans Less)アンプ」と言います。出力トランスを用いないので内部抵抗の小さい出力管(6C33C-Bなど)を用い、回路を工夫してSPのインピーダンスとのマッチングをとっています。

真空管の種類
電圧増幅回路で使われる電圧増幅管には、12AX7、12AT7、12AU7、6SL7、6SN7などの双三極管(三極管2つが1つの真空管に収まっているもの)やEF86(6267)、6SJ7などの五極管と、多数あります。電力増幅回路に使われる出力管には6L6系(6L6G,6L6GC,807など)、2A3、KT88、KT66、300Bなど多くあります。真空管は特性や形状・概観などによりビーム管、直熱管、送信管、ノーバル管など様々な区分けで呼ばれています。

<シングル回路とプッシュプル回路>
電力増幅回路(出力管を用いた増幅回路)にはシングル回路プッシュプル回路(略してPP)があります。シングルとは1つのチャンネルにひとつの真空管を使う回路です。ステレオ(2チャンネル)で2本の出力管を使います。2つの真空管を同時に動作させシングル回路とする場合もあり、これをパラレル・シングルと言います。ステレオで4本の出力管を使います。

これに対して、プッシュプル回路では2つの真空管を正反対の位相で動かすことで、一方が引いているときには一方が押す(PushとPull)、つまり、ひとつの音声信号電圧の変化に応じて1本の真空管の電流が増加しているときに、もう一方が減っているように動かす回路です。このため、より大きな出力を取り出すことができるようになります。ステレオで4本の出力管を使用します。

プッシュプルにもパラレル・プッシュプル回路があり、とても大きな出力を取り出すことができますが出力管もステレオで8本使い、当然、消費電力も大きくなります。

シングルと、PPとではどちらが良いか、は一長一短がありどちらが良いとは言えません。一長一短とは、シングル回路用の出力トランスは電流の流れが一定方向なので磁化しやすく、PPは磁化しにくい(但し、出力トランスの磁化が音質に影響するまでは相当な時間がかかります)。PPは歪みの打ち消しができてノイズが少ない。シングルは回路が比較的シンプル。PP回路には位相を逆転させるための位相反転回路〔位相反転回路、詳細省略〕が必要なので配線が複雑。シングルは基本的にA級動作なのでピュアな音だが電流が常に流れているので不経済。PPは大出力のアンプが作れる。また、同じ出力ならPPのほうが小ぶりの出力トランスでいい、等などです。
シングル、PPにこだわらず、いろんな回路を試してみることが自作の面白さだと思います。

<電源回路>
電源回路はアンプ内に必要な電圧を供給するための重要な回路で大きく分けて次の3つになります。電源回路の主要部品は電源トランスで、このトランスが様々な電圧を供給します。
[A電源回路]
A電源回路は、真空管を暖める目的のヒーターを点火させるために必要な電圧6.3Vや、整流管ヒーター(直熱管なので、正式にはフイラメント)5Vと、高電圧の250Vや320Vなど、それに家庭の電灯線からの100V(電源スイッチやヒューズ、パイロットランプなど)を含めた回路をA電源回路と呼んでいます。
[B電源回路]
B電源回路は整流管やダイオードで交流(AC)を直流(DC)にした(これを整流と言います。正確には直線になっていないので脈流といいます。)ところから、チョークコイルの先までの回路を言い、B電源回路で作られた電圧(整流後の高電圧)はアンプ内の高電圧を必要とするところに送られます。この回路はいわば整流回路です。
[整流回路]
整流回路とは、前述のように交流を直流に替える回路です。整流管(5U4G:直熱二極管など)を用いた場合の整流のしくみを説明します。電源トランスの一次側100Vに家庭内の電源100Vを入力します。二次側の350Vなどの端子へ整流管の端子を繋ぎます。
また整流管のフィラメントを暖めて電子を飛ばす(=電流を流す)ためにトランスの5V端子へフィラメント端子を繋ぎます。

電源を入れると、入力の100Vはトランスの巻き線比により二次側へは350Vとなって現れ、その350Vにつながれた整流管の出力電圧は約490Vの直流(正確には脈流)となって現れます。
整流の方式で半波整流とか全波整流(両波整流)とかがありますが、いづれもマイナス側には電流が流れません。マイナス側に流れないと言う意味では直流ですが、電池のようにプラス側で直線的な電流では無く、かまぼこを横から見たような半円の形になっています。このことから交流では無いのだが、直流(直線)とも言えないので脈流と呼んでいます。

脈流ではアンプの動作を行う上で按配が悪いので更に直線に近い形にする必要があります。そのため、整流管の出力の脈流はその後に接続されるコンデンサーとその次に接続されるチョークコイル、更にもう一つのコンデンサーを通すことにより、直線に近い直流となります。特に、この回路を平滑回路と呼んでいます。

整流管の直後にコンデンサーを入れるか否かで、チョークインプット回路やコンデンサー・インプット回路と呼んでいます。この整流管直後のコンデンサーとチョーク、チョーク後のコンデンサーの3つの繋ぎ方は、見た目がπ型に似ていることから、π(パイ)型回路とも呼ばれています。

もう少し整流回路の詳細を言いますと、コンデンサー・インプット回路(整流管の直後にコンデンサーを繋ぐ場合)はコンデンサーの容量は大きいものは使えません。理由は、アンプに電源を入れた後に整流管が働くとダッシュカレント(突入電流)と言ってコンデンサーに充電電圧が蓄積されます。
このコンデンサーの容量が大きいと、充電電流が大きく流れますから、整流管の負担が大きくなり、整流管の寿命を早めてしまいます。このためコンデンサーの容量は10uF〜22uF位に押さえます。
チョークの後のコンデンサーはチョークが抵抗の働きをしますので容量は47uF〜100uF位まで使用できます。
これらのコンデンサーの耐圧は、整流後の電圧が前述のように約490Vなので、最低耐圧は500Vが必要となりますが実際は整流管内の抵抗により下がりますので450V有れば充分です。この電圧はコンデンサーの容量によって変化します。
例えば2〜4uF位でしたら400V以下に成ります。これは容量が小さいと充電電圧も少なくなるからです。これを上手く使うと出力管の動作電圧の調整に利用することが出来ます。
しかしコンデンサーを大きくしても√2倍以上にはなりません。次にチョークコイルの電流容量ですが、チョークコイルの規格に5H(ヘンリー:コンデンサーの容量の単位).180mAとなっている場合は180mAまでは、許容範囲内です、と言う意味ですのでこれを越えると加熱したり断線してしまいます。
もっと流したいときは容量の大きい200〜250mAのもを使います。チョークインプット回路ではチョークの手前にコンデンサーが有りません。充電電流が無いため、整流電圧は上がりません。320Vのままです。その代わり電流は2倍多く流すことが出来ます。

 

[C電源回路]
B電源はプラス電圧ですが、C電源回路はマイナス電圧を生成します。アンプ内で使う場所は主に、バイアス電圧を必要とするグリッド電圧です。先に述べた小さい電圧の音声信号電圧はこのグリッドにマイナス電圧として入力されます。バイアスには自己バイアス固定バイアスがありますが、C電源回路は固定バイアス動作の時に必要となります。C電源は直流を生成する必要があるので整流が必要です。この整流も前述の整流回路と考え方は同じですがマイナスの直流なので整流管、又はダイオードを逆に繋げることによりマイナスの電圧を得ています。

<負帰還(NFB:Negative Feed Back)
負帰還は一言で言うと、出力の一部を入力に戻す操作(回路)のことを言います。具体的には、「入力から出力の一部を引き算した信号を増幅器の入力に入れる」もどし方です。負帰還のブロック図は次のようになっており、Aが増幅回路(アンプ)でβが負帰還回路にある減衰部です。

 
                 負帰還のブロック図
アンプへの入力信号はアンプ内(A)で増幅されて大きくなるのに、その大きくなった出力信号をまた、入力すると更に大きくなり、どんどん増幅されていき発振してしまいます。そこで出力の一部を引いて入力に戻してやれば発振することはありません。出力を減じるので「負帰還」といいます。発振させる方は「正帰還」と言います。「入力信号」と「出力信号」とを比較(ひき算)した結果をもういちど入力信号と合成させてやれば、アンプ内部で生じている歪みを打ち消すことができる、という考えのもとに負帰還は考えられました。 「入力信号」と「出力信号」を比較(ひき算)すれば、そのアンプがどのような歪み、すなわち高調波を発生させているのかが判るので、入力と出力を合成すれば(たし算する)アンプ内で発生した歪は打ち消されて歪(雑音)が減ることになります。これには、出力の位相が入力側の位相と反転(出力側が入力側に対して180度反転)していることが前提となります。上のブロック図の入力信号、出力信号、A、βの関係は次の式で成り立ちます。

出力 = (A / (A * β + 1)) * 入力
出力 = (1 / (β + (1/A))) * 入力
出力≒1 / β * 入力 (if 1/A<< β)


このブロック図から、増幅率 A を無限大にすると増幅率が(帰還率をβとすると) 1/β になることがわかります。 (熱やバラつきなどで変動幅の大きいAの変動をうけない)。詳細説明は省きますが、雑音や歪率、入出力インピーダンスは近似値として、1 + Aβ倍、または 1 / ( 1 + Aβ) 倍とれます。
負帰還の(戻す)量はdBで表し、6dBの負帰還をかければ歪みは半分になりますし、12dBかければ理論上4分の1になります。 また、出力信号を入力に戻すと、時間差により「音がずれてしまう」ように思われますが、光の速さに近い速さで戻しているので全然問題はありません。

負帰還により、「増幅の安定度や帯域幅が向上する」「歪が減少する」「入出力インピーダンスを効果的に変更させることができる」ため、多くのアンプでは負帰還を採用しています。(私の製作したアンプは9割が負帰還あり、です)

<負帰還の種類>

負帰還には局部帰還と「オーバーオール帰還」に分けられます。 局部帰還のよい点は、位相の回転が90度未満あるいは180度未満で済むため、非常に安定した帰還が可能となります。 「P(プレート)−G(グリッド)帰還」は、出力インピーダンスが下がってくれるので、入力インピーダンスが低くてもよい条件(そういう条件はあまりありませんが)のときは良く使われます。 「カソードの電流帰還」は、増幅素子が3極管の場合は、3極管の持つ低出力インピーダンスというありがたい特徴を台無しにしてしまう恐れがあり、あまり使われません。出力段で行なう出力トランスの2次巻き線を使った「カソード帰還」は、簡単でメリットが多く、欠点も少ないのでよく使われます。ただし、カソード帰還をかけることでかえってトータルの歪みが増加してしまう場合もあるので、2次歪みの打ち消しバランスを充分考慮する必要があります。
「オーバーオール帰還」は、出力トランスの2次側から初段管(電圧増幅管)のカソードに戻す方法で、負帰還をかけた後の回路全体の安定度で出来が決まります。

しかし負帰還は、「肝心の音の生命力が、楽器の生き生きとした表情が失われる」ので、「音のバランスは他の方法で調整した方が好結果が得られるの」などとおっしゃる方もいて、「負帰還は音質を確実に悪化させる」と、負帰還反対派がいることも事実です。
<自己バイアス>
カソードとアース(接地)の間に抵抗をいれて、アースとグリッドを結ぶ方法です。グリッドには前段からの信号は入力させますが、電圧はかけません。その結果、グリッドは0V、カソードにはプレート電流とほぼ同じ電流が流れるため、カソードとアースの間にはプラスxVの電圧が生じます(オームの法則:抵抗×電流=電圧)。グリッドは抵抗を経由してアースされているため0Vです。この結果、カソードを0Vと考えると、グリッドはマイナスxVに見えます。つまり、カソード側の電圧はアース側よりも高くなりますから、カソードを基準にすれば、アースやアースとつながったグリッドの電圧はマイナスxVに見えます。具体例で言うと、300Ωのカソード側の抵抗に100mAの電流が流れるとすれば、グリッドには対カソード電圧で−30Vのグリッドバイアスが加わっている計算になります。我家の玄関に面した道路が舗装で高くなり、我家の玄関が低くなったように見えるようなものです。道路がカソード、抵抗に発生する電圧が道の厚さ、グリッドの電圧が我家の玄関の高さです。これを、自分自身の真空管でグリッドの電圧を決めるため、「自己バイアス方式」と呼びます。 自己バイアスではグリッドに特別な電源が必要ないため、回路が簡単になります。 欠点はプレート電圧がカソード電圧も含むため、実際のプレート電圧が低くなることです。Ep-Ip特性曲線で説明しますと、例えばカソード電圧が25V、プレート電圧が190Vというグラフ値が出たとしますと、グリッド電圧は自己バイアスのとき0V(グリッド抵抗を経由してアースされているため)ですのでカソードを25Vにしますとグリッド電圧は0-25=−25Vに見えます。そのときの実際に供給するプレート電圧は190+25=215Vが必要となります。また、直流(真空管を動作させるための電源)と交流(音声信号)を分けるため、コンデンサーをカソード抵抗に並列につなげ、信号分をコンデンサー側に通すようにします。このとき、コンデンサーの値と抵抗値で低域時定数が生じて特性を決める要素になります。<時定数の説明:省略> なお、コンデンサーには大きな値(50μF〜200μF)のものが必要です。
< 固定バイアス>
グリッドバイアスをつくり出すために、別にマイナス電圧をつくる回路を経てグリッドに供給するのが固定バイアス方式です。この回路から信号が0のときに最も適切な電流が流れるようにマイナス電圧を供給すればいいわけです。例えば、電源トランス二次側の70V端子をマイナス側に0V端子をプラス側にして整流・平滑したものを抵抗で電圧を下げて供給します。
 

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